クリエイターの「自由」獲得の歴史
人類がこれまでの歴史の中で「自由」を獲得するために戦ってきたのと同様に、インターネット上の発信者であるクリエイターもまた「自由」を獲得していく途上にあります。
Microsoft を創業した Bill Gates 氏は 1996 年に「Content is King」というエッセイを Microsoft 社のホームページに記載しました(引用元今回多くなるのでまとめて文末に)。
インターネットでは、テレビ放送と同じように、コンテンツこそがお金になると思っています。(中略)インターネットが発展するためには、コンテンツ提供者に対価が支払われなければなりません。
これを読めば、インターネットの進歩は案外ゆっくりだなと感じます。25 年も前のエッセイで書かれていることが、現在でも広くは実現していないからです。
とくに直近の 10 年間は多くのインフルエンサーや YouTuber が生まれました。
しかし、Spotify 上のアーティストの収益 90% は、上位 1.4% のアーティストによって占められています。ギリギリ生活できそうな年収 150 万円を達成するには年間 350 万回再生される必要があります。
他にも、ゲーム配信プラットフォームで有名な Twitch では、上位 1% のストリーマーが半分以上の収益を占めています。Podcast の広告収益は 1% のポッドキャスターが大半を占めており、メンバーシップサービスの Patreon は、2017 年に月 10 万円以上を稼いでいるクリエイターはわずか 2% ほどでした。YouTube のチャンネル登録者数が 5,000 人以上のチャンネルも上位数%でしょう。
つまり、たくさんのコンテンツ提供者がいるのにもかかわらず、ギリギリ生活できそうな金額以上の収入を得ているクリエイターはほんの一握りなのです。多くのインターネット上のクリエイターは、収入の面で不自由なのです。
しかしながら、日本を考えれば、中間層にあたりそうな世帯年収 300 万円 ~ 1,000 万円の間に全世帯の 7 割が分布しているようです。アメリカでも中産階級は 52% 存在するようなので、インターネットの稼げるクリエイターももっとバラエティ豊かな分布になるといいなと思っています。
なぜインターネットで稼げないのか?
さて、インターネットはリアルの場でできることが、どんどんできるようになってきているものの、インターネットで稼ぐことはまだまだありふれたことにはなっていません。ここで「なぜ?」という疑問が湧いてきます。
私が毎日のように話す「ライター」という職業の方は、紙で書くよりウェブで書くほうが報酬の単価が安い、と言います。同じ文章でも、ウェブの方がたくさんの人に読まれる可能性があるのに、なぜウェブの方が安いのか(= 稼げないのか)?
そういうギャップに、疑問を持たれる方も多いのではないでしょうか。
よく、そういう文脈で「インターネットの原罪」という言葉がでてきます。有名投資家の Marc Andreessen 氏が Podcast で語っているもので、インターネットの黎明期に、なぜ情報や商品を購入するための「購入ボタン」がブラウザに用意されなかったのか?という話です。本来、すべてのサイト(ブラウザ)に Amazon のようなワンクリック決済機能がついていれば、広告以外でマネタイズしていたサイトはもっとたくさんあったはずです。
Marc Andreessen 氏は、Netscape という当時広く流通していたブラウザの開発者でもあります。当時のブラウザは Bill Gates 氏率いる Microsoft 社の Internet Explorer と Netscape の 2 強という時代です。
考えてみれば、ここ 20 年間インターネットで広く採用されてきたのは直接課金ではなく、広告です。Netscape も Microsoft も当然、ブラウザで決済できるように 1990 年代に試みたそうですが、クレジットカード会社や銀行から許可が降りることはなかったそうです。
インターネットは当時、金融業界の信頼を得られる場所ではなかったのです。
これが「インターネットの原罪」です。最初から誰もが決済できるようなインターネットであれば、コンテンツ提供者はもう少しマシな収益を得られていたかもしれません。(一方で広告でしかマネタイズできず無料コンテンツが溢れたからこそ今日のインターネットの普及があるのかもしれません。)
リアルワールドのように、直接課金がインターネットで本格的に普及するのはまさにこれから、という風に捉えることもできるでしょう。
広告ビジネスの損益分岐
ここ数年で「インフルエンサー」として有名になられた方は、ほとんどが広告モデルでの収益です。YouTube やブログの AdSense 収入、アフィリエイト、商品PR案件などです。
ブランド取引を主な収入源とするクリエイターが 77% - Creator Earnings: Benchmark Report 2021
広告モデルが主流の現在では、多くの人は稼ぐことができません。なぜなら、広告収益で生活しようと思うと、数十万人のフォロワー / チャンネル登録者数などの固定ファンが必要だからです。
私が視聴している料理系 YouTuber は 5 万人くらいのチャンネル登録者数で、デイリーで 2 万再生くらいされているようです。毎日 2 万回も再生されるコンテンツ群をもってしてでも、月に 30 万円以下の売上と予想されます。
ブログであれば、月間 1 ~ 5 万円を稼ごうと思うと、月間 10 万 PV は少なくとも必要になってきます。
リアルワールドでは月収 20 万円以上の方はゴロゴロ見つかりますが、インターネットの広告で月収 20 万円以上を持つクリエイターというのは、日々何万回も閲覧されるコンテンツを持っている非常に稀有な存在なのです。
そして、広告の世界は在庫(PV や再生回数)が増えれば増えるほど、単価は下がるという構造があるので、競合が増えれば増えるほど PV や再生回数あたりの収益は低くなります。
広告は出稿側(多くは企業)がお金を払っており、広告宣伝費が予算元であることが多いので、不況時に弱いという側面もあります。一方でこれが強みにある瞬間もあるでしょう。不安定さも一つの特徴と言えそうです。
成功しているインフルエンサーが自身で直販ブランドを持ったり、あるいはコンサル業を始めたりするのは、さらなる収益を求めた結果というよりは、広告収益という不安定な基盤の他に、複数の柱を持っておきたいという気持ちの表れではないかと勝手ながら考えております。
プラットフォーム依存
クリエイターは多くの場合、プラットフォームに依存しています。もう少し正確に言えば、アグリゲーターに依存しています(参考:プラットフォームとメディアの違い)。
例えばですが、YouTube で昆虫を調理して食べるという動画は、高確率で広告がつきません。暴力的な動画には広告がつかないという成約があるためです。収益化可否は動画を出した後で判断される上、チェック基準はかなり曖昧なので、労力がお金にならない可能性もあります。
他にも、Instagram や Twitter のアルゴリズム変更一つで収益が上下したり、Google のアルゴリズム変更によってサイト全体の PV が前月比 10% ~ 20% 下がる、、といったことも私は過去に経験しました。
こうした例からわかるように、クリエイターたちはプラットフォームのコンテンツ表示アルゴリズムや利用規約変更 1 発で収入が吹き飛ぶリスクがあります。さらに、そこで得たオーディエンスは他サービスには決して引き継げません。Instagram でフォロワーを 1 万人集めても、Instagram アカウントを凍結されてしまえば、どこか他の場所で 0 からのスタートとなってしまいます。
さらに、広告モデルで回っているプラットフォームは、良質なコンテンツをコモディティ化させるようはたらきかける傾向にあります。良い反応を得られるコンテンツは、広告の在庫になるからです。「クリエイター」の名の下に、良い反応が得られるユニークなコンテンツを生み出したとしても、プラットフォームはそれをできるだけ多くの人に真似るようはたらきかけるでしょう。コンテンツの差別化はすぐに陳腐化します。
Amazon は、徹底的に顧客メリットを最大化させるという考え方で、低価格を実現させることに命をかけている会社だと思います。良い商品を Amazon で出品したとしても、それがよく売れるとわかった瞬間、多くの類似品が参入し、Amazon はそれらを「価格」や「サイズ」などの条件面で比較させます。するとどんどん商品の値下げをせざるを得ません。ブラックフライデーセールのようなプラットフォーム一括セールもそうですが、もしあなたが Amazon での販売を生業としていれば、長期的には価格以外に優位性を持つことが難しくなるでしょう。
多くのブランドが全てを Amazon のようなマーケットプレイスのみで販売せず、Shopify などで垂直型のネットショップを持つのはこのためです。
このように、SNS やマーケットプレイスといった「アグリゲーター」は、短期的には集客に大きなメリットがあるものの、長期的にクリエイター活動をしようと思うと一定注意が必要です。
とくに英語圏では、プラットフォーム依存を避けるような動きが多く起きています。
直接課金とオーナーシップ
2010 年代からチラホラ始まり、ここ数年で一気に人気が出ているのが直接課金のビジネスモデルです。サブスクとか投げ銭とかのアレです。
2008 年に公開された有名なエッセイで「1000 True Fans」というものがあります。
クリエイターとして成功するためには、何百万ドルも必要ではありません。何百万ドルものお金も、何百万人もの顧客も、何百万人ものファンも必要ありません。職人、写真家、ミュージシャン、デザイナー、作家、アニメーター、アプリメーカー、起業家、発明家として生計を立てるには、数千人の真のファンがいればいいのです。
まさにこれが直接課金の面白いところです。広告ビジネスを成り立たせるには何万人、何十万人とアクセスされ続けなければいけませんが、直接課金の世界ではお金を払ってくれる 1,000 人がいれば生活が成り立つのです。
1,000 人が月に 500 円払ってくれれば、50 万円の売上になります。1,000 円払ってくれれば年収 1,000 万円を超えるでしょう。theLetter でもそのくらいの年収を持つ方がいます。
これが成り立つことの何がすごいのか?というと、非常にたくさんのニッチカテゴリが存続できることです。広告で事業をやろうとすると、数百万人が興味のあるカテゴリでしか展開できません。例えば、政治とか投資とか。
ところが直接課金の世界では、ヴィーガン向け料理やメタル系音楽など、国内で興味を持つ人が何百万人もいないんじゃないか、というカテゴリでも存続できる可能性があります。一人でやる分には 1,000 人のファンで普通のビジネスパーソンより稼げるのですから。
自分の興味に合わせて小規模なコミュニティを多く存続させられるという意味において、直接課金は世の中を豊かにしていくのではないかと私は可能性を感じています。
この流れの兆しの一つに、多くのクリエイター向けサービスに採用されている決済サービスの Stripe 発表データがあります。クリエイターの収益総額はまもなく 100 億ドルを超え、前年比 48% の 66 万 8,000 人のクリエイター数となっているとのことです。Stripe 社だけでこの数字なので、世界中のクリエイターはもっともっと稼いでいることになります。
クリエイターは、インターネット上でのあらゆる場所への依存度を下げ、直接オーディエンスから収益化するような「自由」を手にする方向へシフトしています。
クリエイターエコノミーに関する概念を次々に提唱する投資家の Li Jin 氏は、健全なクリエイターエコノミーに必要な原則の一つとして「オーナーシップ」をあげています。コンテンツやオーディエンスのリスト、収益などをクリエイターがコントロール可能にすることです。
この「オーナーシップ」という概念は、中央集権的なウェブサービス(Web 2.0)がマジョリティである現在では実現が難しく、Crypto 技術で可能になる Web 3.0 へと実現への期待が向かっているようです。
インターネットの原罪による広告ビジネスの主流化、クリエイターによる広告ビジネスからの脱却の流れとしての直接課金へのシフト、プラットフォームへ依存状態からオーナーシップを得ようとする流れなど、ざっくり書いてきました。
さて。最近よく考えていることは「実装」についてです。
スタートアップとして物事を進めていると、「日本人はこういうの嫌がるのでは?」「日本にはこんな文化ないよね」「日本でこれが浸透していないのは、日本人の気質のせいじゃないかな」みたいなことを言われたり、自分でも思ったりします。
前までは自分もそうだなと思っていたのですが、最近はできるだけ疑うようにしています。アメリカにはあるけど、日本にはない、というものがあるとしたら、それは多くの場合、実装力の違いでしかないんじゃないかなと。
もちろん文化の違いや法律の違いなども影響するのですが、同じ時代の同じ生物である「人間」に求められているニーズは、国が違えどそんなに変わらないんじゃないかな〜と。
単に、日本の起業家や投資家の、社会を巻き込む力や説得する力が不足してるだけなんじゃないかな〜と、疑うようにしています。
クリエイターエコノミーの流れも、アメリカ以外でも非常に伸びていると聞きます。海外はみんな持ってる、日本は持っていない(= 豊かになるのが遅れている)、みたいな状況をマシにするためにも、目の前に困っている人がいる限りはトライし続けようと思います。
ではまた次回のニュースレターで👋
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参考・引用リスト
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