メディアビジネスのロングテール
皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
theLetter はリリース後ずっと成長していますが、投資家や起業家によってかなり評価が分かれるサービスです。
実際どうなんでしょう。やはりスタートアップは、誰もが賛成するようなビジネスの方がある程度成功しているものなのでしょうか。それとも、多くの人が勝つと夢にも思ってなかったビジネスが勝つ場合の方が多いのでしょうか。
有名な起業家・投資家であり、もはやその枠組を超えて今や反民主主義者として名高いピーター・ティール氏は「多くの人が賛成しない大切な真実とは何か」と言います。
私にとってその大切な真実こそがメディアビジネスのロングテール化です。今日はこのメディアビジネスのロングテールについて書いていきたいと思います。
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メディアの限られた「棚」と細分化される単位
インターネットが広く普及する前、書籍を出せるのは出版社だけでした。そして、ニュースを発信できるのは新聞社やテレビ局だけでした(そして両者は密接な関係がある)。
2004 年、Wired の編集者のクリス・アンダーソン氏は、インターネットによって
情報の希少性、限られた棚という選択肢によって歪められることのない、自然な需要の形が明らかになる
といったことを主張しています。
これまで「情報」という無形商材は、「限られた棚」に並べられた商品から選ぶしかなく、希少性という価値のもとマネタイズが可能でした。例えば、テキストで日々の情報を詳しく知るには新聞しかなかったのです。数少ない新聞社の中から自分の好きな新聞を取るしかなかったのです。
他にも、エンタメ産業の無形商材は、レコードショップに並べてもらえてかつプロモーションしてもらえる「限られた棚」を持っていました。誰もが商品をリリースできるわけではなく、特定のプロデューサーに見初められた一部のアーティストだけが曲をリリースし、ラジオや TV への出演を許可してもらえ、曲を流通させられました。
しかし CD が Spotify に、映画やドラマのビデオ・DVD が Netflix に代替され、「棚」は限られたものではなくなりました。そのため、1,000 ~ 2,000 円程度の月額で我々はあらゆるエンタメをほぼ無限に楽しむことができます。
アーティストはプロデューサーにテープを送り続けるのではなく、YouTube などで直接ファンを集めることができるようになり、自由に商品棚を選び、自分で並べることができます。
大手メディアや出版社も、かつては記者クラブや販路が確立された新聞、書店という「限られた棚」を持つことで情報の希少性を保ち、収益を上げ続けてきました。
そこからインターネットが登場し、メディア企業に属していない人や企業も発信できるようになり、情報の棚は限られたものではなくなってしまいました。
ざっくり、新聞の発行部数はインターネットの普及率と交差する形で落ちてきています。
日本新聞協会、総務省 通信利用動向調査より筆者作成
インターネットによって、「限られた棚」はどんどん切り崩されていきます。棚や電波が有限であり、当時のコンテンツ制作と配信はコストが高く、リスクマネーを先払いしてくれる企業が必要でした。
しかし、インターネット、それもソーシャルメディアなどの UGC プラットフォームが普及すると、棚は限られたものではなくなり、制作と配信はほとんどコストがかからないプロセスになりました。
音楽は TuneCore などのディストリビューションサービスを使えば、誰でも Spotify や Apple Music などに曲を並べることができます。
Amazon Kindle ダイレクト・パブリッシングを利用すれば、自分の書籍を出版社を通すことなくセルフ出版できます。
Anchor に自分が収録した音声を投稿すれば、Podcast サービスのほとんどに配信ができます。セルフラジオ番組も制作できるわけです。
流通を絞り、情報の希少性を作り出し、「限られた棚」に情報を置いていたメディアビジネスは、インターネット上という別の「開かれた棚」にとって替わられてきています。
そしてその「開かれた棚」では、「出版社」「流通」「書店」「レーベル」などの組織単位が、個の単位まで細分化されています。
「開かれた棚」:アテンション
今インターネット上で、企業や個人の情報発信者が奪い合っている「開かれた棚」はアテンションの棚です。
アテンションエコノミーに関しては、クローズドコミュニティと縦のインターネットにて詳しく書いています。アテンションというのは人間の注意力のことです。
「アテンションの棚」というのは、人々の可処分時間と近い概念です。人々の注意力というのは限られています。一日のうち、何にどれだけ注意や集中を向けられるか?というのは限られたリソースです。
例えば、あなたに急にハマり出したスマホゲームができたとき、いつも観ていた YouTube や Netflix の視聴時間が減っているはずです。逆に、新しく見つけたある YouTuber の過去動画をたくさん観るようになったとき、前までファンだった YouTuber への視聴回数は減り、チャンネル登録を解除してしまうことさえあります。
人々がインターネット上で過ごす時間に上限が見えてきていて、人々の注意力というリソースは徐々に限られたものになってきています。
さて、ここでインターネット上のコンテンツを一つのグラフで見てみましょう。縦軸がアテンションの大きさ(PV とか再生回数とかを当てはめてみてください)。横軸がコンテンツの存在数です。
このグラフで示される、今のメディアビジネスの大きな課題は、テール部分(右に伸びたしっぽ)が細すぎるということです。
少々盛って図示されていますが、アテンションの大きな部分しか収益を得ること(≒ 継続性がある)はできていません。
なぜこれが起きているかというと、2 つの事情があります。
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企業など営利目的のメディアはテール部分に予算を張りにくい
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広告モデルではテール部分でのマネタイズが非常に難しい
1 については、企業は営利目的なので、儲かる見込みがないとなかなかコストを払うことができません。儲かる見込み、というのはアテンションの大きさです。昆虫の専門メディアが、政治や経済の専門メディアに勝てるはずはありません。昆虫に比べれば政治や経済に注意を払う人が多いからです。
企業は昆虫コンテンツのために、あらゆる取材網を張り巡らせ、昆虫博士に高額なギャラで出演してもらうことはしません。簡単にはリターンが算出できないからです。
2 についても同じような理由です。広告モデルは PV や再生回数などが在庫になるビジネスです。在庫が常に少ない分野では、十分お金を稼ぐことが困難になります。
PV 単価 0.3 円とすると、年間売上 1,000 万円を達成しようとすると、約 3,300 万 PV が必要です。政治・経済・美容ならともかく、昆虫という分野では非常に困難な数字です。
そうしたニッチな分野が、メディアの世界で生き残るのは非常に難しいことがわかるかと思います。
ロングテールに必要なのはリーチあたり収益
ニッチな分野(さっきのグラフのテール部分)においても、片手間で運営されるメディアではなく、質の高いメディア複数から情報を得られる情報の受け取り環境。そんな理想形を考えれば、以下のグラフのようになるでしょう。
テール部分が先程の図より太くなり、アテンションの小さい専門カテゴリ・ニッチカテゴリでも、メディアが継続できるだけの収益を上げられるコンテンツが多くなっています。
このようなメディア環境を目指す場合、重要になるのはリーチあたりの収益です。
リーチあたりの収益性はサブスクリプションなどの直接課金モデルで高めることが可能です。100 万人に見てもらうのではなくて、1,000 人にお金を払ってもらうほどのニッチな価値を提供するのです。
例えば、YouTube で年間売上 1,000 万円を越えようとすると、CPM 0.35 円 で、デイリー 7.8 万回再生、年間だと 28,500,000 再生を超える必要があります。ブログは上述したように 3,300 万 PV 必要です。
しかし theLetter の書き手さんは、累計 50 万 PV 前後で 1,000 万円以上の年収に達した方もいらっしゃいます。単純比較はできないですが、60 倍くらい PV あたりの収益効率がよい計算になります。私たちはメディア環境の理想形のちょっとした尻尾をつかんだのです。
とはいえグローバルで見てもクリエイターエコノミーはまだまだ一部の層しか安定した収益がありません。
ここでインターネット上ではなく、私たちが生きている日本の世帯の収入・資産構造を見てみます。
上記の 2017 年のデータだと、アッパーマス層以下の層の世帯金融資産は、上位 3 つの富裕層の保有額を凌駕しています。ロングテールの構造になっています。
インターネット上の個人の経済圏もこのようなロングテール構造になっていると、多くのニッチなカテゴリでの発信も継続的に可能になります。
クリエイターエコノミーのインフルエンサーである Li Jin さんは「Building the Middle Class of the Creator Economy」という記事で、クリエイターエコノミーがより発展するためには、中産階級をつくる必要があると指摘しています。
記事中ではクリエイターエコノミーが中産階級をつくるためのアイデアが 10 個も紹介されています。
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リプレイがあまりされないコンテンツにフォーカスする
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ユーザーの多様な嗜好に対応し、ニッチに力を与える
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ランダム性を持たせたアルゴリズムでコンテンツを推薦する
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コラボレーションとコミュニティの促進
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新規クリエイターへの投資
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クリエイターの報酬と視聴者層の切り離し
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クリエイターがスーパーファンを活用できるようにする
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クリエイターに受動的(またはほぼ受動的)な収入機会を提供する
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ユニバーサル・クリエイティブ・インカム(ベーシックインカム的なもの)の提供
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クリエイターの教育・研修の実施
などが紹介されています。拙い翻訳ですみません。
とくに、クリエイターエコノミーでは、リアル世界と比べたときに、限界費用(生産量を増加させたときに追加でかかる費用)がないという特徴をピックアップされてるのが面白いな思いました。
医者や運転手や美容師など、多くの職業の限界費用は 0 ではありません。より多くのお客さんに接したければ、労働時間を増やす(雇入も含め)しかありません。
しかしインターネット上のクリエイターは、時間をスケールさせることなく収益をスケールさせることができます。過去につくった作品を EC サイトに置いておく間に、次の作品をつくることができます。
インターネット上の直接課金・サブスク・投げ銭・クリエイターエコノミー・エンゲージメント・コミュニティ形成、などのキーワードはまだまだ始まったばかりなので、これからより科学されていくことでしょう。
私も日々実践を通じて「多くの人が賛成しない大切な真実」を一つでも多く見つけていきたいと思います。
さいごに
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参考・引用リスト
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