なぜM&Aを実施したか?なぜ朝日新聞社なのか?

theLetterを運営する株式会社OutNowは2025年8月に朝日新聞社に株式譲渡しました。本記事はその経緯をあくまで創業者サイドからの視点で書き残しておきます。
濱本至 2025.09.29
誰でも

今回のニュースレター記事は、創業者ブログのような形で書き残すものです。公式の発表はあくまで以下のリリースの通りであり、本記事は創業者とはいえ個人的なものです。

2025年8月6日より、プロ・専門家向け執筆プラットフォームの「theLetter」を運営する株式会社OutNowは、朝日新聞社に100%株式譲渡を行いました。いわゆる、M&A というやつです。

私も叔母など、とくに現役の企業人ではない方にご報告すると「それは良いことなの?経営が上手くいかなかったということ?」など、ご心配の声もいただきます。

結論からいえば、本件についてはステークホルダーにとってポジティブな出来事だと認識しています。またスタートアップ企業にとって、M&A というのはケースバイケースではありますが、「EXIT」と呼ばれ非常にポジティブなイベントです。

今回は、上場や一生未上場でいる、あるいは M&A するにしてもなぜ朝日新聞社なのか?などをあくまで創業者の視点で整理してみます。

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なぜ M&A なのか

スタートアップというのは昨今かなり広義になってきていますが、私の認識では「10年程度の間に急成長し、M&A または IPO を目指す企業郡、またはスキーム」というのがスタートアップです。

スタートアップは、M&A か IPO を目指します。もちろん多くの企業にとってそれがゴールではなく、そのイベントを最低限通過しなければという形です。

そして我々は M&A した方が伸びる、長期的に事業・サービス・お客様のためになる、と判断したわけです。

IPO は信頼性の向上とともに株式市場から資金調達がしやすくなります。一方、M&A は「ヒト・モノ・カネ」すべて買い手企業から調達することができます。「カネ」はもう、金持ちかどうかくらいしかないですが、「ヒト・モノ」は企業同士の相性が良ければ良いほど素晴らしい力を発揮します。いわゆるシナジーというやつです。(私はこれから学ぶことになりますが、シナジーを出すのも簡単じゃないので双方努力が必要だと考えています。)

売上成長はすごいが大赤字だとか、製品はすごいが営業が弱いとかの状況でも、経営統合次第では効率があがり黒字にできたり売上を何段階も成長させることができます。

theLetter の場合は、メディア・クリエイターエコノミー・情報流通といった銘柄だと思います。類似銘柄の株価を考えれば、独立で IPO を目指す道はかなりハード。Vtuber 事務所さん系くらいしか大きな銘柄はありません。

theLetter はもっともっと伸びると私は思っていますし、その先に大きなビジョンもありますが、類似銘柄の評価額の重力がある。

しかし M&A はある企業の事業戦略上にあれば、マーケットの評価と別軸でも成立するわけです。それに、下手に資金だけ調達するより資金以外の重要リソースを持つ企業と結託する方が伸びる可能性もあります。

こういった外部環境、自社サービスのポテンシャル、創業者含めた株主の考えなど様々じっくり検討して、M&A を選択肢の一つにすることにしました。

なぜ朝日新聞社なのか

M&A を検討するとしたら、相手は誰にするのかという話です。M&A において我々は「売り手」ですので、自由に選ぶ立場でもないですが。

弊社が独立して運営するよりも、

  • theLetter の利用者に不利益がない(特定層が追い出される、別サービスになるなど)

  • theLetter の成長速度があがる

  • 成長した先のより大きな未来を一緒に描ける

といった条件を考えました。でもこれはあくまで「年収が高い人と結婚したい!」といった一方的なものなので、実際には、

  • 買い手となる企業の主要事業にシナジーが期待できる

  • 買い手企業の事業戦略の延長線上にあり、タイミングも合う

  • M&A をし、その後も伸ばすだけの「ヒト・モノ・カネ」と「やる気」がある

ということも考えた上で、マッチングする企業を考えるわけです。

企業は日本国内だけでも何百万社とたくさんあるのに、この 6 つの条件を考えれば、多くて 10 社、少ないと 3 社程度しかないと思います。たぶん。

朝日新聞社さんはその稀有な条件を持つ企業の一社でした。

新聞・出版・メディア業界というのは全体的に年々元気がなくなっている業界ですが、そんな中でも成長投資を行う余力があり、特定のカテゴリ特化ではなく総合カテゴリとしてメディア展開されており、現在も強い有識者ネットワークや現場記者による取材網をお持ちです。

加えて朝日新聞社さんのコンテンツ(とその源泉)、ディストリビューション、メディアにおけるあらゆるマネタイズ手段はもちろん、守りの仕組み・ノウハウは Day1 から活用できるシナジーがあります。

「プロ・専門家向け」とリブランディングした theLetter にとっては、非常に相性の良い企業でした。今後は、プラットフォームとしてはメディア色のない形で独立しつつも、そうしたリソースの一部をお借りしながら成長を加速したいと思っています。

世界の情報流通はどうなるのか

生成AIの普及と進化により、今後ますます情報流通は大きく変化するでしょう。

検索:Google 検索における「AI モード」を日本語提供開始、AI Overview のような機能がほとんどの顧客接点を奪うかもしれない。

SNS:フォロワー数が重要ではなくコンテンツベースのアルゴリズムシフト、外部リンク付き投稿の imps を減らす動き、ショート動画シフトによる制作コスト増の費用対効果悪化など。

生成AIに質問:新しいチャネルとして、多くの情報収集ニーズの受け皿となる見通し。

などなど。メディア業界ではトラフィック要因、エンゲージメント要因、広告単価要因など様々あるでしょうが各社軒並み広告売上が芳しくありません。メディア運営者からすればビジネス存続の根幹を揺るがすレベルの環境変化が日々起きています。

10年前くらいから、気づけば情報との接点はほとんど日本外のサービスとなっており、事業運営者からすれば非常にアンコントローラブルな状態です。

ちょろっと LLM をサービスに取り組んだりするだけでは「AI 時代に対応できた」と言うには十分ではありません。もっと AI ができないことでかつ人類にとって意義あることを事業では取り組んでいく必要があります。

出版やメディアは、1)情報を持っている人から情報を出してもらう、2)情報を欲しい人に届ける、といった 2 つの領域でビジネスが成立していました。

今、2 の発展が目覚ましい時代ですが、そのインフラが成長するにつれ、1 の価値が相対的に高まる時がくると思います。情報がほとんど無料になる時代に、他の仕事で忙しい専門家や活動家が、わざわざ情報を無料公開するインセンティブはありません。

今、ショート動画等をみていても、高単価のビジネスモデルを持っており集客費をかけられる事業者のオウンドコンテンツが多く出てきます。歯科矯正だとか脱毛・美容クリニック、夜職、などなど。

一方、図書館や大型書店で並んでいる本棚にあるようなカテゴリ(文学・歴史・哲学や社会科学、自然科学、その他さまざま)は工夫せずにいれば可処分時間であまり出会えなくなってしまいました。

情報発信者のインセンティブ構造を作り変え、情報流通をより豊かにするために、大手企業とタッグを組みながら取り組んでいきたいと思います。

あとがき:朝日新聞社グループでの1ヶ月

これを執筆しているのは 9 月ですので、朝日新聞社グループインから 1 ヶ月が過ぎました。

M&A は売り手からみれば、1 日にして利用可能なリソースが爆増します。

1ヶ月、朝日新聞社のあらゆる部署の方と連携させていただき、こんな体制で事業を伸ばせるのか!と感動しました。もちろん、M&A というものは買い手と売り手が本気にならないとシナジーは起こらないものなので、これまで以上に気合いを入れて仕事する腹づもりです。

大手企業さんとタッグを組んで、サービスの利用者さんに価値ある大きな事業をきちんとつくるというチャレンジに大きなモチベーションを感じています。

通常、親会社と子会社の事業規模が違いすぎると、親からみれば子会社を手伝うより親会社の主要事業に予算やリソースを回す方が優先となりやすいでしょうし、親会社の従業員からみれば他社を手伝うことにあまりインセンティブがありません。

ところが、朝日新聞社さんからは「本気」を感じています。一緒に頑張ろう!という雰囲気があり、連携部署にも役員や部長などから丁寧に説明・連携施策がまわりはじめています。そしてこれまで自社で概ねコントロールできるメディアしか持たなかった会社さんなので、プラットフォームとメディアの違いなども理解のある役員・部長レイヤーから社内に繰り返し説明いただいています。

我々のような小さなベンチャー企業は普通は「売上は?」「CPA は?」と足元の話になりがちですが、大手らしく朝日新聞社さんはもっと大きな情報流通に対する意義やビジョンを一緒に語れる印象をもっています。

多くの方に手伝っていただけているので、ときには生意気を申してでも、協力を無駄にしないよう成果に変えていきたいなというモチベです。

サービスを利用されている方も親会社にとっても、まだまだこれからの theLetter と関わって本当よかった!と思ってもらえるように、バリューを出していきます。

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