個人とニッチの時代

メディア企業が広告モデル依存からの脱却を模索する現在、サブスクリプションモデルに注目が集まっている。そしてその流れが個人のマネタイズとニッチの時代の幕開けに繋がる。
itaru hamamoto (至) 2020.08.09
誰でも

これからは個の時代だ!と叫ばれてから数年が経った。

インターネットの歴史は個人へのエンパワメントの歴史でもある。昔は政府や大企業しかできなかったような事が、今ではインターネットサービスを通じて、中小企業や個人でもできるようになってきている。

例えば、ネットショップを立ち上げたり(つまり決済を導入する)、10,000 PV を達成したり、広告を打ったり、顔も見たことない人から仕事をもらえたり。

YouTube の「好きなことで、生きていく」というコピーは、そういった時代を表したプロモーションだった。

(先日、某有名出版社の編集者さんと焼き肉をご一緒した時に、この考え方自体が日本の生き辛さやセーフティネットを捨てる事に繋がっているといった話もあったが、その話は今回は脇に置いとこう。笑)

個の時代、そしてニッチ領域でのマネタイズについて、私はずっと興味を持っている。今回はそのテーマについて、メディア企業の変化というアングルから書いてみようと思う。

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スマホシフトとメディア企業の生存戦略

マスメディアは死ぬ
John Catford

1995 年、こんな言葉が出た。

もちろん、そこから 25 年が経った現在、マスメディアは生きている。しかしながら、総務省の発信する調査資料を見れば、インターネットの利用時間は増加傾向で、テレビの利用時間はどちらかといえば減少傾向である。

テレビ・新聞・雑誌という、いわゆるマスメディアは確実にシェアを失っている。これは肌感覚でもわかると思う。

メディアの電子化の流れも進む。電子化するということはアルゴリズムによってパーソナライズされるということでもある。

人々の興味関心によってコンテンツが出し分けされ、マスとの距離感は個人単位で進んでいく。

SNS の普及で発信力の強い個人がたくさん現れ、様々なカテゴリの情報を受け取れるようになった。オンライン上で好きなコミュニティに属せるようになったこともマスの解体に拍車をかけたと思う。

マスメディアが死ぬ、というよりは「マス」という概念が薄まるというのが私の理解だ。

しかし、コンテンツを楽しむプラットフォームが変化した(TV → PC, スマホ)だけであって、マスメディア各社がネットコンテンツに変えればそれで済むのでは?と考える人もいるかもしれない。それがそうでもないのだ。

***

日本経済新聞社は上手くモデルを転換できた。日経電子版は、今や 70 万人以上の有料購読者を抱えている。昔から新聞の定期便というサブスクリプションモデルでやってきたので、もともと得意な領域だったのかもしれない。

しかし Web に移行し、広告モデルのみでやってきた他媒体は苦境に立たされている。Web メディアの広告モデルというのは大きく 3 種類の悩みの種を抱えている。

  • プラットフォーム依存

  • PV 単価を上げるのが大変

  • 回遊させるのが難しい

プラットフォーム依存とは、Google という検索エンジン(ブラウザ)、Twitter、Facebook などの SNS、SmartNews、Gunosy などのアグリゲーターなどが間に入っているということである。

「メディアビジネスは今すぐやめましょう」| KOMUGI&nbsp;&nbsp;<a href="http://komugi.jp/?p=632">http://komugi.jp/?p=632</a>&nbsp;より

「メディアビジネスは今すぐやめましょう」| KOMUGI  http://komugi.jp/?p=632 より

あるメディアが好きで、そのメディアを直接読みに行っている方は意外と少ないかと思う。一日に読む web 記事を思い返せば、Google 検索や SNS 上で読んだものがほとんどではないだろうか?

広告単価はプラットフォームが決めるため、Web メディアは単価をコントロールできず、常に外部要因で売上の増減が決まる状態の不安定な経営を強いられる。

おまけに、PV 単価を上げるのは難しい。いわゆるサクっと記事に入れられるアドテク類だと、PV 単価は 0.1 円くらい。これだけで社員に飯を食わそうと思うと数千万 PV では足りないわけで、メディア企業として運営していくなら高単価になるような企業案件をたくさん入れないと成り立たない。
スケールさせようとすれば当然、記事を制作する部隊だけでなく、営業部隊や代理店にコストをかける必要があり、利益率を高く保ち続けるのは難しいだろう。

そして、プラットフォームに依存しているメディア企業は、回遊させるのが難しい。PV をより獲得したければ、読者一人あたりにたくさん記事を読んでもらう必要がある。
しかし、読み手が回遊しているのはあくまで SNS やアグリゲーター上であって、1 記事読めば他のメディアに移ってしまう。

この記事は何のメディアだろう?書き手は誰だろう?と意識している読者はほとんどいないだろう。

メディア各社の社内の人間で、何かの変化が必要だ!と危機感を持っている人は実際多い。
とくにアメリカはメディア各社の Facebook 依存がとくに多かった。そのため、メディア企業の危機感は日本より早期より強くあったようだ。

FBに頼る海外のニュースメディア、FBに頼らない日本のニュースメディア図1&nbsp;<a href="http://zen.seesaa.net/article/442444056.html">http://zen.seesaa.net/article/442444056.html</a>&nbsp;より

FBに頼る海外のニュースメディア、FBに頼らない日本のニュースメディア図1 http://zen.seesaa.net/article/442444056.html より

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サブスクリプションモデル転換

Web 広告でのマネタイズは難しい。
そこで近年 SaaS 業界や EC 業界など、様々な分野でサブスクリプションの波がきている。メディアも当然、ここの流れに注目していることだろう。

例えばアメリカだと大手メディアの有料転換はすすんでいる。トップ 20 に 7 社も入っているし、世界のトップ 4 位まではすべてアメリカのメディアだ。

Global Digital Subscription Snapshot November 2019 by FIPP

Global Digital Subscription Snapshot November 2019 by FIPP

私は、1 社目に入社したのがネットメディア系企業だった。そのため、広告モデルに依存したメディア企業にとって、サブスクリプション転換がいかに難しいかというのに肌感覚がある。

広告モデルとサブスクリプションモデルは全く違う。
長らく広告モデルのメディアを運営していた人は、100 人の有料課金者を集めようとすると、10,000 人にリーチしてコンバージョンが xx% で、、、みたいな思考になるだろう。

集客の観点も違うし、リテンション率への危機感も違うと思う。サブスクリプションはチャーンレートとの戦いでもあるのだ。

顧客との関係性を継続的に築けるか?といった点で、本当に顧客の欲しいもの・ことを深く掘り下げる必要がある。
そして、情報発信自体がコモディティ化した現在、良質なコンテンツだけでは差別化が難しい。コミュニティへの支援や顧客コミュニケーション含め、コンテンツ以外の付加価値を作る必要性も出てくる。

『デジタル・ジャーナリズムは稼げるか―メディアの未来戦略』のジェフ・ジャービス氏は、メディアはコンテンツビジネスからサービス業に転換すべき、といったことを書いている。顧客に耳を傾け顧客の欲しいものに向き合う姿勢が、メディアビジネスに対して今まで以上に求められることとなった。

しかしながら、サブスクリプションモデルは集中力が必要であり、一つのメディア企業が多くのカテゴリでシェアを取るのには限界がある。

広告モデルでは PV を求め、ひたすらカテゴリを広げていくことになる。最初はお肌に関する悩み解消メディアをやっていても、PV を求めれば睡眠、メイク、食事、、、みたいにカテゴリを増やすことになる(これは Web メディアあるあるなのだ)。

品質を落として記事の量産体制を作り、原価を落として、、、そうやって WELQ 問題は起こった。

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ニッチの時代

サブスクリプションモデルでは、特定のカテゴリで顧客が本当に求めている質の良い情報発信を行っていく必要があり、カテゴリをずっと広げていくのには無理がある。
そうなってくると、企業がやれるカテゴリ(= マーケット)は限られてくる。医療や美容、金融、経済などの市場規模の大きなカテゴリで勝負するしかない。

それでは市場の小さなニッチなカテゴリの情報は、誰が届ければ良いだろう?
どんなに頑張っても 100 万人には課金してもらえないけど、10,000 人は絶対に欲しい!と思うような領域はたくさんある。
それはフランス語学習方法に関してかもしれないし、作曲時のマスタリング技術かもしれないし、ガーデニングに関する情報かもしれない。

今後は、個人がサブスクリプションモデルを採用することで、「企業ではやれないマーケットだけれども、個人にしては大きい」領域がたくさん開拓されるだろう。
1,000 人が月に 800 円支払ってくれれば、月に 80 万円もの売上になるのだ。これはその辺のサラリーマンをしているよりも儲かるのでは、、、?

これらの流れは私が 0 から考えた概念ではなく、アメリカで有名なベンチャー・キャピタルの Andreessen Horowitz の元キャピタリストである Li Jin 氏が書いた "The Passion Economy" という概念である。

今後そういったニッチな領域でマネタイズをする個人が増えていく。
そう言うと、今まで無料だったものが有料化する、といったイメージが湧くかもしれない。しかし、それは間違いだと私は思う。

正確に言うと、今はお金を払えるようなコンテンツや体験が少ないだけだ。お金を払ってでも欲しいというクオリティに達していない。
個人がサブスクリプションビジネスを行える土壌が整っていない。週末のちょっとしたスキマ時間に思いついたように書いた記事ではなく、フルタイムでそれに取り組むような個人が増えれば、有料であったとしても「必ず欲しい!」というコンテンツや体験も増えるだろう。

ニッチビジネスの時代の到来だ!

そして、私は個人がサブスクリプションビジネスを行える土壌を、まずは日本で整えたいと考えている。そうした想いで始めたのが theLetter だ。

(もし、特定の領域に詳しく、その領域で持続可能な形で発信を続けたい方がいたらぜひ私に連絡をください!)

itaru-hamamoto@outnow.jp

我々はツールの提供だけでなく、個別の支援も行っています。

この領域に興味をお持ちの方や議論をしたい方もウェルカムです!私もたくさんいろんな観点を知りたいのです。

Paul Graham の「人の欲しいものを作る」というのは、起業家にとって有名な言葉だが、個人とニッチの時代においては、もっともっと広く知られる言葉になるだろうと私は思う。

さあ、人の欲しい物を世の中に実装しよう!

参照

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